ロンドンオリンピックで義足ランナーが男子400メートル準決勝にまで進むという偉業を成しました。
敗退にも満足感 義足ランナーのピストリウス
年々義足の技術は上がっていると聞きます。いつか義足ランナーの方が健常者より速くなる時がくるのでしょうか。その前にはオリンピックへの出場が禁止されるかもしれませんが、そうしたらパラリンピックに大きな注目を浴びるようになりそうです。わくわくします。
目の見えないピアニスト辻井 伸行さんが活躍するように、障害を持つ人が活躍する例が増えています。素晴らしいことだと思います。
とはいえ、無邪気にわくわくするほど能天気ではいられません。ピアノの演奏はピアニストそれぞれのところがあるから、問題は先鋭化しませんが、陸上競技はタイムなどはっきりした指標がありますから、健常者を上回ってしまうと大きな波紋を呼ぶことになるでしょう。そのときみんな素直にその偉業を讃えることができるのでしょうか。実際準決勝に進んだ今回でも「卑怯だ」というコメントを見ることができます。
このような問題は今後大きな社会問題としてそのうち重苦しくのしかかり、共生という考えを受け入れつつある社会が一旦逆流するのではないかと不安にかられます。身体的な障害だけではありません。華々しい業績を上げている人には発達障害を持った人もいます。何かを持ってない代わりに何かを持っていてそれを活かして活躍する人が増えているのです。こういう人は自治体から適切な支援を受けていることもあるので、健常者にしたら逆差別じゃないかと憤るかもしれません。
理屈としては、結局社会として乗り越えて行くしかありません。こういう話は障害者に限った話ではなくて、もっと身近なところでもあります。男女共同参画でも、女性が優遇されるあまり逆差別ではないかという声も少しずつ出ています。だからといって男性優遇であるべきだというわけではなく、過渡期に歪みは出たとしても社会として乗り越えていくしかありません。障害者にしても活躍が目立つようになると、逆差別ではという歪みが出るのだけど、逆行することなく乗り越えて行くしかありません。
男女共同参画の話と同じように、乗り越えて行くしかないと決まっているから、乗り越えて行くだろうなと思っています。何より今社会では、障害者と健常者が入り交じったプロジェクトがどんどん増えています。盲目の人が肌触りを追求したタオルとか、知的障害の人がもくもくと飽きずに作業して作るワインとか、この分野でも小さな無数のイノベーションがどんどん生まれています。一般の人も享受できるような成果が生まれています。やがて社会にとってなくてはならない存在として捉えられる日が来ることでしょう。楽観的すぎでしょうか。
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