2014年12月18日
Yosemite では、iPhoneの音をMacで聞くことができます 繰り返す Yosemite では、iPhoneの音をMacで聞くことができます
とてもうれしい。
Yosemite では、iPhoneの音をMacで聞くことができます
iPhone を Lightning ケーブルで MacBook Air の USB に繋いで iPhone の音を聞きたいと思いちょっと調べてみたら、
Yosemite にすると iPhone の画面と音を Quicktime で録画できるようになっているとのこと。
早速延び延びになってた Yosemite へのアップグレード。
しかし、音の録音はできるのだけど、モニタ音が出てこない。だめじゃんと soundflower やら LadioCast やら使うもうまくいかない。
うーと煮詰まったところ、上記の「できる」という記事を発見。単に Quicktime の音量が0になっていることを大発見したのでした。
嬉しい。そろそろ古くなってきたのか、Macbook Air で動画やら生放送を再生していると重くなったり、再生音がぼつぼつとぎれたり(特に鼻そうめんPの曲)で、作業用に使うのに難しくなっていた。
これで気兼ねなくBGMがかけられる。
上記の記事を発見するのに随分苦労したので、ここでは二度言いました!
他の人が同じことにはまりませんように。
2014年10月18日
兄弟いても、むしろ自己肯定感は強まる
二人目、生みますか? 私は生まないと決めた理由
を読みました。
二人目産むかは人それぞれで、とやかくいうべきことでもないですが、トレードオフとして書かれいた、
一長一短なんだよね。私は社会性と自己肯定感なら、自己肯定感を選ぶ。
については、少し違う視点もあるので紹介したいです。
元記事では、子供が二人になると、親の愛が分散して、自己肯定感が十分に育たないんじゃないかと心配されています。
ですが、うちの小4、小1の息子は、良く一緒にいて遊んでケンカして、お互いいなくてはならないかけがえのない存在です。自分は兄、あるいは弟にとってなくてはならない存在というのを心の底から信じて疑っていません。日曜朝の子供番組とか二人で真剣に見て、真剣に話すわけで、親も多少つき合うけど、話し相手としては話になりません。それに限らず日常の生活では親より兄弟の方が大事なパートナーです。下が3歳くらいからこういうつながりが強くなりました。
もちろん親の愛も必要ですが、ベースの部分はこのように兄弟互いの存在で自己肯定感ばりばりですから、こちらの負担はとっても軽くなります。ですから、
きょうだいで育ったことのない私には息子とその下にできる子を平等に扱える自信がない。
と心配されている点も、もちろん気をつけなければなりませんが、絶望的に難しいわけではありません。
下が3歳くらいから、二人でみっちり遊ぶようになるので、親がひっきりなしにつき合う必要がなくなります。格段に楽になるのです。楽になった分、子供とべたべたするのも楽しくなるので、それを二人に振り分ければオッケーです。うちの兄は甘え下手で、弟は上手ですが、その甘え方を見て学んだのか、最近は兄の方がお母さんにべたべたに甘えています。それでも小4かと突っ込まれてもなんのその(笑
ですから、小学校の自己肯定感を形成する大事な時期は、兄弟がいるからといって必要な愛が足りなくなるわけではなく、うちでは兄弟愛と親子愛を足せばむしろ増えてると思います。
とはいえ、二人目出産直後からしばらくは大変でした。上がまだまだ手がかかる時に赤ん坊が産まれるわけで、一人目より大変です。
旦那や親などの協力がないのなら、相当きついと思います。
最近は父親も育児に参加してくれることも多くなりましたから、それなら親が近くにいなくても上の子に必要な愛を回せると思います。
具体的には、二人だけの時間を作るのが一番てっとり早いと思います。赤ちゃんは父親に任せて、母と上の子だけの時間を確保する。
父親に「メタボ対策!」と告げて、ベビーカーで近所を散歩させる間に上の子とべたべたする。一緒に家事でもいいでしょう。母親がたたんで、子供がめちゃめちゃにする。家事にはなりませんが、遊びと割り切って。
あるいは赤ちゃんと父親は家に置いて、母と上の子でデート。デートと言ってもスーパーで買い物でも構いません。
この時期を乗り切れれば、下の子が3歳前後からは、一気に楽しくなります。子供二人が毎日いろんなことをやらかしてくれます。もちろんそれだけ苦労も増えると言えば増えますが、それを補って余りある楽しさです。
二人目を産むかは難しい問題だと思いますが、二人になると一人分の愛が減るというトレードオフはクリティカルではありません。その分兄弟愛があるからです。
2014年09月12日
木村八段の放った鬼手が、将棋ソフトにも鬼手だった件
昨日の王位戦第6局、羽生善治王位 対 木村一基八段。
この一局は終盤に検討陣も数手前まで気付かなかった鬼手(99手目▲2五桂)が炸裂、木村八段が鮮やかに勝ちました。検討陣がその鬼手に気付くまでは、木村八段の手の進め方に「え、そんな手を進めていたら、負けまっしぐらでは??」と首を傾げていましたが、木村八段は針の穴を通すような手順を秘めていたのです。
これ、自分の将棋ソフト(激指12)でもそうでした。
私は、この対局を、手元の将棋ソフトで評価しながら観戦しました。そのソフトでも、検討陣同様、鬼手の数手前までは羽生断然有利を示していました。ソフトは終盤は強いですから信頼できますし、なぜ木村八段がそんな手順に邁進するのか不思議で仕方ありません。
しかし、手元でそこから何手か進めると、どう進んでもある瞬間評価ががらっと入れ替わるのです。ソフトは羽生王位優位と言っているのに、その後羽生王位に勝てる手順がありません。実際その後羽生王位はソフトの示す最善手を指し続けましたが、負けたのです。
つまり、終盤に強くなってるソフトでも、この手順しかないという針の穴を通すようなものは、直前まで見つけられなかったのです。ソフトを併用するようになってからこんな将棋は初めてで、大変印象的でした。
恐らく鬼手の数手前までは、最後まで読み切ることができず、盤面の状況で形成判断していたため、これしかないという針の穴を通すような手順があっても考慮できなかったのでしょう。
ま、もちろん私のソフトは最新ではないので、最強のソフトは読めてるかもしれませんが。

