2012年04月09日

「天才が生まれる社会」がやって来た

 前回メディチ・インパクトを引用したら、偶然関連する記事を見つけました。

 「天才が生まれる社会」をどう作るか

 ここに書かれている内容はメディチ・インパクトでの議論と良く似ています。この本をあたっている時間がない人はこの記事から読むといいと思います。

 さて、その内容ですが、ふむふむ。

 !! 「『天才が生まれる社会』をどう作るか」ってタイトルですが、もうこの社会になっているではないですか。まず
 創造性が集中した理由は、実はなんらかの「メタ・アイデア」(meta-idea)が存在し、それが他のアイデアを広めることに役立っていたという点にあるだろう。メタ・アイデアとは経済学者のポール・ローマーが提唱した概念で、特許制度、公共図書館、万人向けの教育といったものを指す。
とあります。現在はその例より遥かに大きなメタ・アイデア、つまり情報革命が存在しています。

 次は
 多様な人間が交差しえたということが利点だったのは明らかだ。
 この記事では特定の場所に天才が集中したことを強調していますが、いまやインターネットやソーシャルネットワークサービスを通じて、同じ場所にいなくても自由にリアルタイムにアイデアを交わすことができます。必要に応じてクラスターとして集まることは利点になるでしょうが、集まらなくてもアイデアの交差が自由に行われる時代になりました。むしろ集まらないことを利用できるかもしれません。一人は六本木ヒルズの高層カフェから、一人は屋久島から、一人は快晴、一人は大雨なんて者同士でskypeしたとしたら、一カ所に集まるより創造的な打ち合わせができそうです。

 もうひとつの重要な要素は教育だ。(中略)教育の分野における自由な実験を奨励する必要がある。
 その記事では『Khan Academy』のような無料のオンライン教育サイトが紹介されています。誰でも学びたいと思えば簡単に学べる時代になりました。他にもニコニコ学会電子工作コンテストなど実践的な教育の場ができています。先日紹介した遠隔操作ロボット「オリヒメ」はこのような環境を活用して開発されたと聞いています。作者の吉藤健太朗さんはまさに時代の寵児でしょう。

 そして最後にあげられているのが次です。
 リスクを取ることを支援するような社会制度だ。シェイクスピアは、王室の支援に恵まれて風変わりな悲劇を書いた。ルネサンス期のフィレンツェでは、絵画の遠近法などの新しい芸術様式に対して、メディチ家が惜しみない支援を行った。こうした試みの多くは失敗に終わった。シェイクスピアはいくつか失敗作も残したが、そのような失敗が許容されたからこそ『ハムレット』が生まれたのだ。
 様々な取り組みを支援する仕組みは、たとえば、個人といった小口出資を集めるマイクロファンディングなどの手法が発達していますし、なによりそもそも何かに取り組むことのリスクが小さくなっています。まず新しいことに取り組む自由が浸透して来たこと。まだまだと思う人もいるかもしれませんが、いままでほとんどの時代でほとんどの人々は自由になにかを試してみることはできませんでした。そして知的生産の解放によって、様々なことを個人レベルで費用もそれほどかけることなく試せることが飛躍的に大きくなっています。

 つまりこの記事で言われているような天才が生まれる条件が大々的に整ったのです。今この瞬間は判断が難しいかもしれませんが、少し未来になってから振り返れば、
プラトン、ソクラテス、トゥキディデス、ヘロドトス、エウリピデス、アイスキュロス、アリストパネスなど、驚くほど多くの天才
くらいの天才は、今何万人も何十万人も生まれていて、したがって天才とは呼ばれなくなっているだけかもしれません。イノベーションが加速される時代です。毎日楽しみですね。
posted by 産業創出ネットワーク at 10:00 | TrackBack(1) | 記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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